「能力不足の社員を自主退職させる方法」「問題社員 辞めさせる コツ」などで検索し、Yahoo!知恵袋や掲示板の体験談を読み込んでおられる方も多いと思います。
しかし、たとえ能力不足が背景にあったとしても、対応の仕方を誤れば「退職強要」「パワハラ」と評価され、損害賠償請求や労働審判・訴訟に発展するおそれがあります。
本記事は、以下の点を目的として整理したものです。
法律上許される対応と、許されない対応の境界線を理解する
能力不足社員への指導から退職勧奨・合意退職までの適法なプロセスを把握する
知恵袋的な「裏技」に依存せず、双方が納得しやすい落としどころを検討する
本記事は、違法な退職強要やハラスメントの手法を推奨するものではなく、「してよいこと/してはいけないこと」を整理するためのガイドとしてご覧ください。
本記事で主に想定している読者は、次のような方です。
従業員数数十〜数百名規模の中小企業の人事担当者・総務担当者
部下の評価・指導・退職勧奨までを任されている現場管理職
「解雇はハードルが高いが、このまま放置もできない」という板挟み状態にある方
労務の専門部署や顧問弁護士がなく、自らネット検索で情報収集をしている方
一方で、能力不足を指摘されている側の従業員の方にとっても、ご自身の置かれている状況を冷静に整理する材料となる部分があります。
※本記事は、日本の一般的な法制度・判例傾向を前提とした「一般的な情報提供」です。個別案件についての法的助言ではありません。実際の対応にあたっては、必ず弁護士・社会保険労務士などの専門家へご相談ください。
※本コンテンツは「記事制作ポリシー」に基づき、正確かつ信頼性の高い情報提供を心がけております。万が一、内容に誤りや誤解を招く表現がございましたら、お手数ですが「お問い合わせ」よりご一報ください。速やかに確認・修正いたします。
能力不足を理由とする対応であっても、やり方を誤れば退職強要・パワハラとして違法となるリスクがある
いきなり解雇・強い退職勧奨へ進むのではなく、
期待水準の明示
指導・評価とその記録
配置転換・教育機会の付与
を経たうえで、それでも改善の見込みが乏しい場合に、退職勧奨を慎重に検討する流れが望ましい
知恵袋的な「裏技」を鵜呑みにせず、公的機関や専門家の情報をベースに判断することが重要である
「能力不足で辞めさせたい」はどこから違法?基礎知識
退職勧奨・退職強要・解雇の違い
まずは、しばしば混同される3つの概念を整理いたします。
1. 退職勧奨
会社が「退職という選択肢もあります」と提案し、従業員の自由な意思に基づく退職の申出を促す行為です。
あくまで「提案」であり、従業員には拒否する自由があります。
2. 退職強要
名目上は退職勧奨であっても、執拗な呼び出し・長時間の説得・脅しとも取れる発言などにより、事実上退職せざるを得ない状況に追い込む行為です。
従業員の自由意思を害するため、違法な権利侵害として損害賠償の対象となる可能性があります。
3. 解雇
会社が一方的な意思表示により労働契約を終了させることをいいます。
能力不足を理由とする「普通解雇」は、客観的合理性と社会的相当性が厳しく問われ、ハードルが高いとされています。
イメージをつかみやすくするため、概要を表にまとめると次のとおりです。
| 区分 | 誰が言い出すか | 従業員の同意 | 強制性の度合い | 主なリスク |
|---|---|---|---|---|
| 退職勧奨 | 会社が提案 | 必要 | 本来は低い | 行き過ぎると退職強要と評価される可能性 |
| 退職強要 | 会社が実質的に強制 | 形式的にはあり得る | 非常に高い | 違法な権利侵害として損害賠償・無効主張など |
| 解雇 | 会社が一方的に通告 | 不要 | 高い | 無効と判断されると地位確認・賃金支払義務等 |
能力不足が問題になる典型的な場面
「能力不足だから困っている」という状況は、特に次のような場面で表面化しやすいといわれます。
試用期間満了時に期待したレベルに達していない
中途採用者が、面接時の説明より著しくスキルが低かった
新部署への配置転換後、業務内容と適性のミスマッチが大きい
成果目標を何度も未達成の状態が続いている
これらのケースでは、「どのような業務に対して、どの程度の水準を期待していたのか」「それに照らして、どのような不足があるのか」を客観的に示せるかどうかが大きなポイントとなります。
能力不足を理由とした解雇のハードルが高い理由
裁判例の傾向として、能力不足を理由とする解雇は、次の観点から非常に厳しくチェックされます。
職務内容・期待水準が事前に明示されていたか
ミスや成績不良の内容が、具体的かつ継続的に記録されているか
一定期間にわたり、指導・教育・配置転換などの改善機会を与えたか
それでもなお職務遂行能力が著しく劣る状態が続いているか
このため、多くの企業実務では「いきなり解雇を目指す」のではなく、
①指導・評価 → ②配置転換等の検討 → ③退職勧奨による合意退職
という流れを前提に検討することが多くなっています。
知恵袋・掲示板の情報に頼りすぎるリスク
知恵袋でよく見かける「辞めさせ方」のパターン
Yahoo!知恵袋などでは、次のような「辞めさせるテクニック」が書き込まれていることがあります。
仕事を与えず、居づらくして自分から辞めさせる
雑用や単純作業だけをずっとやらせる
いわゆる「追い出し部屋」に配置する
毎日のように呼び出して叱責し、「ここにはあなたの居場所はない」などと迫る
感情的には理解できるとしても、これらは退職強要・パワーハラスメントと評価されやすい行為であり、法的リスクが極めて高いといえます。
なぜ違法・トラブルの火種になりやすいのか
上記のような対応は、次のような観点から問題となりやすくなります。
従業員の人格権・職業選択の自由を不当に侵害していると評価され得る
退職の意思表示が「自由な意思」に基づくものではなく、錯誤・強迫として無効とされる可能性がある
退職後に、慰謝料請求や地位確認請求といった紛争に発展するリスクが高まる
「ネットでよく見かけるから」「他社も同じことをしていると聞いたから」といった理由で真似をすると、結果的に会社側が大きなダメージを負うことになりかねません。
信頼できる情報源へアクセスする重要性
実際の判断にあたっては、次のような情報源を優先して参照することが望ましいです。
厚生労働省・労働局など公的機関の解説ページ
弁護士・社会保険労務士など専門家が発信する解説記事
自社の就業規則・人事評価制度・懲戒規程
知恵袋は「同じ悩みを抱える人がいる」と知るための場としては有用ですが、法的な正しさを担保するものではないことを前提に、距離感を保って活用する必要があります。
能力不足社員への適法な改善指導ステップ
期待水準の明示と目標設定
能力不足への対応で最初に行うべきことは、
何が、どの程度不足しているのか
を、本人に対して客観的に示すことです。
そのために、次の点を確認します。
職務内容・役割(ジョブディスクリプション)が明文化されているか
人事評価制度で求める水準・評価基準が明確になっているか
同じ等級・職位の他社員と比較したとき、どの点で差があるのか説明できるか
そのうえで、本人に対し、
期待される役割・成果
現状のパフォーマンスとのギャップ
そのギャップが組織・顧客に与える影響
を、感情論ではなく事実ベースで説明することが重要です。
日々の指導・フィードバックと記録の残し方
後々の紛争リスクを考えると、指導の履歴を残しておくことは不可欠です。
記録の例としては、次のようなものがあります。
面談の日時・参加者・内容・本人の発言をまとめた「面談記録」
重要な業務指示やフィードバックをメール等で行い、ログとして保存する
ミスやクレーム発生時の経緯・対応・再発防止策を記録した書類
簡易なチェックリストとしては、以下のような項目が考えられます。
いつ・誰が・どのような指導をしたか分かる記録がある
指導内容は人格批判ではなく、具体的な行動・成果に焦点を当てている
本人の受け止め方・コメントも併せて残している
PIP(パフォーマンス改善計画)の簡易イメージ
可能であれば、期間を区切った「改善計画(PIP)」を設定します。例としては以下のようなイメージです。
期間:3か月
目標:
ミス件数を月◯件以内に抑える
指導なしで◯◯業務を担当できるようになる
支援内容:
上司による週1回のフォロー面談
ベテラン社員によるOJT 同行 など
評価方法:
中間レビュー(1か月ごと)
最終レビューと今後の方針決定
このような計画を文書化し、本人にも内容を説明したうえで署名をもらっておくと、後の説明・交渉がスムーズになります。
配置転換・教育機会の付与など、解雇前に検討すべき選択肢
裁判例では、「他部署への配置転換や教育機会の提供など、能力発揮の可能性を探ったかどうか」も重視される傾向にあります。
検討すべき代表的な選択肢は以下のとおりです。
本人の適性・強みに合致しそうな部署への異動
外部研修・資格取得支援などのスキルアップ機会の提供
高度な業務を一時的に減らし、基礎業務に集中させる
これらを検討・実施してもなお改善が見込めない場合、初めて退職勧奨を具体的に検討する段階に入ると考えるべきです。
自主退職を促す「退職勧奨」の正しい進め方
退職勧奨を検討すべきタイミングと前提条件
退職勧奨は、次のような条件がある程度満たされた段階で検討されるべきと考えられます。
能力不足の状態が一時的ではなく、一定期間継続している
指導・評価・配置転換・教育機会など、改善のための手立てを講じた記録がある
これ以上同じポジションでの継続は難しいと、組織として合理的に判断できる
「指導もせず、いきなり退職勧奨をする」ことは、従業員側から見れば非常に不合理な対応に映り、トラブルの火種となりやすいため注意が必要です。
退職勧奨面談の進め方:準備と場の設定
退職勧奨の面談を行う際には、次の準備を行うことが望ましいです。
これまでの指導・評価の経緯を整理した資料
今後も継続雇用した場合に想定される問題点(安全面・品質面・組織への影響 等)
退職に応じてもらう場合の条件案(退職日、退職区分、金銭的条件など)
場の設定については、
上司だけでなく、人事担当者も同席し、個人攻撃に見えないようにする
落ち着いて話ができる会議室等で実施し、周囲に声が聞こえない配慮をする
面談時間が過度に長時間にならないよう注意する
といった点がポイントになります。
面談で使うべき・避けるべきフレーズ(NG/OK例)
NGとされやすい発言例
「辞めないなら懲戒解雇にしてやる」
「ここにはあなたの居場所はない。今日中に結論を出せ」
「家族にも迷惑がかかるぞ」
これらは脅し・威圧と受け取られる可能性が高く、退職強要と評価されやすい表現です。
比較的望ましい表現の例
「これまで◯回の面談・指導を行ってきましたが、期待している水準とのギャップが埋まっていない状況です」
「会社としては、今後も同じポジションでの継続は難しいと判断しています。一つの選択肢として、退職という道もご提案したく思います」
「本日中に結論を出していただく必要はありませんので、ご家族ともご相談いただいたうえで、お考えをお聞かせください」
重要なのは、選択肢として退職を提示しつつも、決定を急がせないこと・脅しと受け取られかねない言動をしないことです。
退職条件の整理と書面化
退職に合意が得られそうな場合は、次のような点を整理します。
退職日(有給休暇の消化も含めたスケジュール)
退職区分(実務上、会社都合扱いとするか等)
退職金・解決金・未払い残業代の精算方法
競業避止義務・守秘義務などの取り扱い
これらを口頭だけで済ませるのではなく、
退職合意書
本人自署の退職届
などの形で書面化しておくことで、「言った・言わない」の争いを防ぐことができます。
絶対にやってはいけないNG行為と裁判例の考え方
仕事を与えない・隔離する・追い出し部屋に入れる行為
いわゆる「追い出し部屋」や、ほとんど仕事を与えずに一人で座らせておくような対応は、裁判例でも「嫌がらせ的な処遇」「退職強要の一環」とみなされた例があります。
能力不足があるとしても、業務をほとんど与えない・周囲と隔離するなどの極端な対応は避けるべきです。
執拗な呼び出し・長時間の説得・人格否定発言
1日に何度も呼び出して退職を迫る
長時間にわたり、退職するまで帰さないような面談を繰り返す
「社会人失格だ」「人間として問題がある」など人格否定に及ぶ発言
これらは、退職強要・パワーハラスメントと評価される典型的な行為です。
たとえ本人に問題があったとしても、人格を攻撃する言動は厳に慎む必要があります。
極端な配置転換や嫌がらせ的業務命令
明らかに本人のキャリアを損なうポジションへの異動
能力とは関係の薄い雑務だけを延々とさせる
身体的・精神的負担が過度に高い業務への一方的な配置
こうした業務命令が「自主退職に追い込む目的で行われた」と判断されれば、違法と評価されるおそれがあります。
違法・グレー・適法のイメージ整理
| 区分 | 代表的な行為例 |
|---|---|
| 違法 | 追い出し部屋、仕事を与えない、人格否定発言、長時間の退職強要 |
| グレー | 極端な配置転換、評価基準が曖昧な一方的マイナス評価 |
| 適法に近い | 客観的評価に基づく指導・配置転換・記録に残した退職勧奨 |
会社・本人双方が損をしない落としどころの考え方
会社都合退職・自己都合退職・合意退職の違いと影響
退職の区分は、主に次の3つに整理できます。
会社都合退職:
会社側の事情により雇用を終了する場合。失業給付の待機期間などで、従業員に有利になることが多い区分です。自己都合退職:
従業員の一方的な申出に基づく退職です。再就職までの生活設計など、本人側の負担が相対的に大きくなりがちです。合意退職:
会社・従業員双方の合意により退職する形です。実務上は、条件交渉の結果として会社都合に近い取り扱いとするケースもあります。
話し合いの場では、「会社側のコスト」と「本人側のメリット」のバランスを取りながら、双方が納得できる条件を探る姿勢が重要です。
条件設計で検討すべき主なポイント
退職日と、それまでの業務・引継ぎの進め方
有給休暇の消化・買い取りの可否
退職金・解決金の支給の有無と水準
再就職支援(紹介会社の利用、推薦書の発行 等)の検討
短期的なコストだけでなく、「職場の安心感」「他の従業員へのメッセージ」「評判への影響」といった中長期的な観点も含めて検討することが望まれます。
トラブルが起きた/起きそうなときの対応
従業員から強い不満・拒否が出た場合の初期対応
退職勧奨に対して従業員が強く反発した場合、次の点に留意した対応が必要です。
まずは相手の主張や感情を受け止め、記録に残す
感情的な言い合いを避け、別の管理職や人事担当者も交えて説明し直す
その場ですべてを解決しようとせず、冷却期間を設ける
ここでさらに圧力を強めると、「退職強要」と評価されるリスクが高まります。
労基署・労働局・労働組合・ユニオン等への対応
従業員側が労基署・労働局・労働組合・ユニオンなどに相談するケースもあります。
そのような場合に備え、次の資料を整理しておくとよいでしょう。
過去の指導・評価・面談の記録
就業規則・人事評価制度・懲戒規程
退職勧奨の面談メモ・メールのやり取り
「会社として合理的な対応をしてきたか」を客観的資料によって説明できるかどうかが、非常に重要になります。
弁護士・社労士に相談すべきタイミングと準備事項
次のような状況では、早期に専門家へ相談されることを強くお勧めいたします。
退職勧奨に対して従業員が「訴える」と明言している
労働組合・ユニオンから団体交渉の申入れがあった
過去の対応が退職強要と評価されないか、不安が大きい
相談の際には、これまでの経緯が分かる資料(指導記録・評価シート・メール・就業規則など)を整理して持参すると、より実務的なアドバイスが受けやすくなります。
よくある質問(FAQ)
試用期間中なら、能力不足を理由に簡単に辞めさせてもよいですか?
試用期間中であっても、解雇や退職勧奨には一定の合理的理由と手続きの相当性が求められます。
「試用期間だから」という理由だけで即日解雇することは、無効と判断されるリスクがあると考えるべきです。
試用期間中であっても、少なくとも次の点は意識した方が安全です。
業務内容と期待水準を明示していたか
問題点を指摘し、改善の機会を与えたか
それでも改善が見られなかった事実があるか
能力不足だけを理由に懲戒解雇することは可能ですか?
懲戒解雇は、最も重い処分であり、通常は横領・重大な規律違反など「懲戒に値する非違行為」が必要と考えられます。
単なる能力不足や成績不良のみを理由として懲戒解雇とすることは、無効と判断されるリスクが非常に高いとされています。
能力不足のケースでは、懲戒解雇ではなく、普通解雇または退職勧奨・合意退職の枠組みで検討するのが一般的です。
仕事を減らして本人から自主退職と言わせるのは違法ですか?
自主退職に追い込む目的で、極端に仕事を減らしたり、ほとんど意味のない雑務だけを与えたりする行為は、退職強要・ハラスメントと評価される可能性があります。
仕事量を調整する場合でも、あくまで業務上の必要性や安全配慮など合理的な理由に基づいて行うことが重要です。
小さな会社でも、指導記録や合意書は必要ですか?
会社規模にかかわらず、「言った・言わない」の争いを防ぐためには、記録の整備が非常に有効です。
能力不足に関する指摘・指導の記録
退職勧奨の経緯・説明内容のメモ
退職条件について合意した内容をまとめた書面
などは、特に重要な資料になります。
少人数の会社であっても、簡易なフォーマットで構いませんので、記録を残す運用を整えることをお勧めいたします。