中途採用で「即戦力」として迎えたはずなのに、現場からは「任せられない」「成果が出ない」という声が上がり、職務経歴書や面接での説明にも違和感が出てくる。そんなとき、多くの方が真っ先に気になるのは「解雇できるのか」「損害は請求できるのか」という点ではないでしょうか。
KPIソリューションズ事件は、経歴や能力の詐称が疑われるケースで、解雇の有効性だけでなく、会社側の損害賠償まで争点になり得ることを示す重要な題材として参照されます。ただし、経歴詐称があるからといって懲戒解雇が当然に通るわけではなく、初動の事実確認や記録、配置や指導の組み立て次第で結果が大きく変わります。
本記事では、KPIソリューションズ事件のポイントを軸に、普通解雇と懲戒解雇の違い、判断に必要な材料、社内で踏むべき手順、損害賠償を検討する際の注意点、そして再発防止の採用設計までを、実際に動ける形で整理いたします。読み終えたときに「次に何をすべきか」が明確になり、不要な紛争リスクを避けるための見通しが持てるはずです。
※本コンテンツは「記事制作ポリシー」に基づき、正確かつ信頼性の高い情報提供を心がけております。万が一、内容に誤りや誤解を招く表現がございましたら、お手数ですが「お問い合わせ」よりご一報ください。速やかに確認・修正いたします。
KPIソリューションズ事件とは何かを最短でつかむ
いま「KPIソリューションズ事件」を検索する人が抱える状況
「即戦力として中途採用したのに、任せた業務が回らない」「成果物が出ない」「現場から苦情が止まらない」。この段階で人事・労務が直面するのは、単なる配置ミスではなく、次の疑いです。
-
入社前の職務経歴書や面接で語られた経験が、実態と合っていないのではないか
-
本人が“できる”と言った技術や業務遂行能力が、実際には備わっていないのではないか
-
その結果として、プロジェクト遅延や顧客対応の負荷が発生し、会社の損失が広がっているのではないか
このとき必要なのは、「怒り」や「憶測」で処分を急ぐことではありません。採用で何を重視していたか、どの説明が虚偽だったのか、会社にどのような混乱が生じたかを、後から検証できる形に整えることです。KPIソリューションズ事件は、その整理に役立つ視点を提供します。
事件の結論だけ先に言うと何が重要か
KPIソリューションズ事件(東京地裁 平成27年6月2日判決)では、経歴・能力の詐称等を理由とする解雇について、裁判所は解雇を有効と判断しました。
さらに会社側が反訴として主張した損害賠償について、詐欺(不法行為)の成立を認めて一部を認容しています。
ただし、ここで誤解されやすい点があります。
-
「詐称があれば何でも損害賠償できる」わけではありません
-
「詐称があれば懲戒解雇が当然」でもありません
-
裁判所は、損害賠償の範囲を“上乗せ賃金”に絞り、会社が支払った派遣料は相当因果関係を否定しています
つまり、この事件は「強い会社が勝った話」ではなく、どこまでが認められ、どこからは認められないかの線引きを示す事例です。ここを丁寧に押さえることが、社内判断の質を上げます。
「普通解雇」と「懲戒解雇」を混同すると危険な理由
経歴詐称が疑われると、「嘘をついたのだから懲戒解雇にできるはずだ」と考えがちです。しかし、懲戒解雇は最も重い制裁であり、就業規則上の根拠、手続の適正、処分の相当性が強く問われます。手続が荒いと、たとえ問題のある社員でも会社側が不利になることがあります。
一方、普通解雇は、能力不足や適格性欠如、信頼関係の破綻などを理由として雇用関係を終了させる枠組みです。KPIソリューションズ事件のポイントは、経歴・能力詐称等の事情を踏まえ、普通解雇として有効と判断されたという整理にあります。解雇類型の選択を誤らないことが、紛争の長期化を避ける第一歩です。
KPIソリューションズ事件の事案を時系列で理解する
何が起きた事件なのか
東京弁護士会の会誌(LIBRA)に整理された概要によれば、本件は、経歴能力を詐称して入社した労働者が解雇された後、労働者側が「解雇は無効だ」として地位確認等を求め、会社側が反訴で損害賠償を請求した事件です。
争点は大きく3つに整理されています。
-
解雇の有効性
-
一定期間の賃金請求権の有無
-
詐欺の成否と会社の損害(損害賠償の可否)
この構造を押さえるだけで、「解雇が有効か」だけで終わらない事件であることが分かります。
本訴と反訴を一枚で把握する(エンティティ関係)
実務で混乱が起きやすいので、請求関係をシンプルに分解します。
-
労働者(原告)→会社(被告)
-
労働契約上の地位確認(解雇無効の主張)
-
未払賃金の支払い
-
-
会社(被告)→労働者(原告)
-
経歴・能力詐称に基づく損害賠償(詐欺=不法行為)
-
企業側としては、「解雇が有効か無効か」に加え、「反訴が成立する条件は何か」「損害はどこまで認められるか」を同時に検討する必要があります。
裁判所が示した判断の骨子
LIBRAの要約では、裁判所は次の結論を示しています。
-
解雇は有効
-
争われた期間の賃金請求権は発生しない
-
詐欺(不法行為)が成立し、損害賠償請求を一部認容
この「一部認容」の中身こそが、本事件を学ぶ最大の価値です。
裁判所の判断ポイントを社内判断に変換する
解雇事由としての「経歴等詐称」をどう評価するか
裁判所は、経歴等の詐称が解雇事由として認められるかについて、抽象的に「嘘はダメ」と述べたわけではありません。要約上、判断枠組みは次のとおりです。
-
使用者が採用に当たり、どのような経歴等を重視したか
-
詐称された経歴等の内容、詐称の程度
-
詐称による企業秩序への危険の程度
などを総合的に判断する
ここから導ける実務的示唆は明確です。採用時点で「何を重視したのか」が曖昧な会社ほど、後から詐称を主張しても説得力が出にくいということです。逆に、求人票・職務要件・面接評価が整っていれば、「重視した事項」と「詐称内容」を対応させて説明できます。
どの詐称が重大と評価されやすいか(本件に即した例)
LIBRA要約では、本件で問題となった詐称が複数挙げられています。代表的には、前職に関する事項、プログラマーとしての能力、そして業務に必要十分な日本語能力に関する点です。求人上、会社がシステム開発(LAMP等)を重視していたことも示されています。
ここから一般化できるポイントは次のとおりです。
-
職務の根幹に直結する能力(開発、設計、提案、顧客折衝等)の虚偽は重大化しやすい
-
円滑な業務遂行に不可欠な言語能力の虚偽も、職種によっては重大になり得る
-
「採用の前提」や「給与決定の前提」になっている説明ほど、後に争点化しやすい
「能力不足」だけでなく「信頼関係の破綻」へ整理する視点
能力不足での解雇は、一般にハードルが高いと言われます。実務では「改善機会を与えたか」「配置転換等を検討したか」「期待水準が明確だったか」が問われがちです。
KPIソリューションズ事件の示唆は、単なる能力不足ではなく、詐称や業務上の問題が重なったときに、雇用関係を維持する前提である信頼が崩れる点にあります。これを社内に変換すると、「能力不足の評価」と「詐称の評価」を混ぜずに、別々の証拠束で積み上げることが重要になります(後述)。
損害賠償はどこまで可能かを線引きする(本件の核心)
まず押さえるべき法的な入口は「詐欺=不法行為」と「相当因果関係」
損害賠償を検討するとき、実務で混乱しやすいのが「会社が損したのだから請求できるはず」という発想です。裁判では、損害が出たこと自体よりも、次の点が問われます。
-
詐欺という違法な権利侵害(不法行為)が成立するか
-
その不法行為と損害との間に、相当因果関係があるか(法律上、損害として評価できるか)
KPIソリューションズ事件のLIBRA要約は、まさにこの線引きを明示しています。
不法行為が成立し得る場面は「積極的に支出を上乗せさせた」場合
本件の要約では、単に虚偽申告をしただけで直ちに不法行為になるのではなく、虚偽を前提に、賃金上乗せ等の支出を積極的に働きかけた場合に、不法行為となり得るという考え方が示されています。
この点は、企業側の期待にも、従業員側の防衛にも直結します。
-
企業側:損害賠償を見据えるなら、「賃金決定の経緯」「上乗せ要請のやり取り」「それが虚偽と結びつくこと」を証拠化する必要がある
-
従業員側:誇張や断言で賃金交渉を行うと、後に不法行為として争点化するリスクが上がる
本件で認められた損害は「上乗せ賃金」に限定された
LIBRA要約によれば、本件では、会社が当初提示した月額40万円が、繰り返しの増額要求により月額60万円まで上がったことを前提に、上乗せ分である月額20万円(賃金の3分の1相当)が損害と認められました。
これは非常に重要です。損害の範囲を広く取らず、あくまで「虚偽を前提に上乗せさせた支出」に絞っている点が、裁判所のバランス感覚を示しています。
本件で否定された損害は「派遣料」(代替要員コスト)
企業が実務で最も請求したくなるのは、プロジェクトの穴埋めに要した費用です。しかし、本件では、会社が派遣会社から代替要員の派遣を受けて支払った派遣料について、本人がその支出を働きかけた事情がないとして、相当因果関係を否定しました。
この結論から、企業側の期待値調整が必要です。
-
「穴埋め費用は当然に損害」とは限らない
-
不法行為と損害の結びつき(本人の働きかけ、誘因、予見可能性)が重要になる
-
だからこそ、損害賠償を目的化するのではなく、社内の損失最小化(早期配置転換・業務分離・契約終了)とセットで検討する方が合理的
企業側の対応手順をチェックリストで具体化する(社内でそのまま使える形)
初動24〜72時間でやること(事実確認と証拠化の最短ルート)
疑いが出た直後は、現場は感情的になりやすく、本人も防衛的になります。ここで「追及」から入ると、証拠が散逸し、対立が固定化します。初動は次の順で進めるのが安全です。
初動チェックリスト(4束で証拠化)
-
採用で重視した要件(入口の束)
-
求人票・職務要件(必須スキル、役割、期待水準)
-
採用稟議(採用理由、年収レンジの根拠)
-
面接評価表(どの質問で何を確認したか)
-
詐称の疑い(整合性の束)
-
履歴書・職務経歴書・ポートフォリオ
-
面接メモ(本人回答、確認質問、断言箇所)
-
リファレンス/在籍確認(実施している場合は記録)
-
就労後の実態(パフォーマンスの束)
-
成果物(仕様書、コード、提案書、議事録)
-
品質指摘(レビューコメント、差し戻し履歴)
-
期限遅延・手戻りの記録(タスク管理ツールのログ等)
-
会社が与えた改善機会(公正さの束)
-
指導記録(期待水準の提示、改善指示)
-
支援策(OJT、メンター、研修)
-
配置転換・業務変更の検討記録(検討したが難しい理由)
この4束が揃うと、「重視要件」と「詐称内容」「業務影響」「改善機会」が一本のストーリーになります。KPIソリューションズ事件が示す“総合考慮”に耐える土台ができます。
本人ヒアリングでやってはいけないこと(トラブル回避)
本人へのヒアリングは、目的を誤ると逆効果です。やってはいけない典型例は次のとおりです。
-
「嘘つき」「詐欺」などの断定的表現で詰める
-
退職強要と受け取られ得る言動(長時間拘束、威圧)
-
証拠がない段階で、周囲に噂として共有する(名誉・信用問題)
推奨は、事実確認に徹し、質問を「検証可能な形」にすることです。
例:「職務経歴書の〇〇案件で、担当範囲はどこからどこまででしたか」「この成果物はご自身の作成部分を示せますか」。
改善機会と配置検討は、解雇の前に“最低限”用意する
能力不足が絡む場合、解雇の是非は「改善の機会があったか」に引きずられます。ここでいう改善機会は、形式的な注意では足りません。
-
期待水準(品質・納期・役割)を具体的に示す
-
期限と評価方法を決める(例:2週間で要件定義のドラフト提出)
-
支援策を提示する(レビュー体制、メンター、タスク分割)
-
結果を記録する(達成/未達、未達の理由)
このプロセスは、本人救済のためだけでなく、会社を守るためのものでもあります。
解雇類型の選び方を間違えない(普通解雇・懲戒解雇・試用期間)
普通解雇/懲戒解雇/試用期間中解約の比較表(改善版)
| 類型 | 何を理由に終わらせるか | 判断で見られやすい観点 | 企業側が失点しやすいポイント | 先に整えるべき証拠・記録 |
|---|---|---|---|---|
| 普通解雇 | 適格性欠如・能力不足・信頼関係破綻 | 期待水準の明確性、改善機会、配置検討、影響の客観性 | 指導なし/主観評価/要件が曖昧 | 期待水準提示、指導記録、成果物評価、配置検討ログ |
| 懲戒解雇 | 規律違反に対する制裁 | 規程根拠、手続、相当性(重さ) | 就業規則不備/弁明機会なし/重すぎる処分 | 就業規則条項、調査報告書、弁明機会の付与記録 |
| 試用期間中解約 | 採用後の適格性判断 | 試用の趣旨、評価の合理性、フィードバックの有無 | 試用の形骸化/評価ゼロで打切り | 試用評価表、目標設定、フィードバック履歴 |
KPIソリューションズ事件では、「経歴詐称があった」こと自体よりも、採用で重視した能力との関係、詐称の内容、企業秩序への危険などを総合考慮する枠組みが示されています。解雇類型を決める前に、まず上表の「先に整えるべき証拠」を埋める方が安全です。
社内で判断を早くするための「解雇判断フロー」
以下は、社内会議で使える分岐の型です。
-
採用で重視した要件は何か(求人・稟議で特定)
-
詐称の疑いは要件に直結するか(直結/周辺)
-
就労実態として能力不足・規律違反は客観的にあるか
-
改善機会と配置検討は実施したか(未実施なら先に設計)
-
解雇類型の選択(普通/懲戒/試用)
-
紛争コストと着地(合意退職、和解、退職勧奨の適法運用)
-
損害賠償は“賃金上乗せの経緯”がある場合のみ慎重に検討
損害賠償を検討するなら「賃金決定プロセス」を証拠化する
会社側が勝ち筋を作りやすいのは「上乗せ賃金」の領域
本件で損害が認められたのは、虚偽を前提に賃金増額を積極的に求めたことと結びつく、上乗せ賃金でした。したがって、同種ケースで損害賠償を検討するなら、次の証拠が特に重要です。
-
当初提示の条件(オファーレター、提示メール)
-
増額要求の履歴(面談議事録、メール、チャット)
-
増額理由として語られた能力・実績(虚偽とされる説明)
-
増額決定の社内プロセス(承認者、判断理由)
代替要員費用・派遣料は「当然に損害」にならない
本件では派遣料が否定されました。したがって、代替要員費用を主張する場合は、相当因果関係を支える事情(本人の働きかけ、予見可能性、直接性)が別途必要になります。安易に請求額を膨らませると、全体の信用性を落とす危険があります。
実務の落とし穴:損害賠償を前面に出すほど紛争は長期化しやすい
損害賠償は、金額面だけでなく、相手の資力、回収可能性、レピュテーション、訴訟対応コストも含めて判断する必要があります。社内としては、次の優先順位で意思決定するとブレにくくなります。
-
現場被害の拡大防止(業務分離、権限制限、顧客対応)
-
雇用継続の可否(改善可能性、配置可能性)
-
終了手段(解雇類型、合意退職)
-
損害賠償(上乗せ賃金が中心。拡張は慎重に)
求職者・従業員側が学ぶべきポイント(紛争予防のための実務)
「盛る」と「虚偽」の境界は“検証可能性”で決まる
職務経歴書の表現は、魅力的に見せる工夫と、虚偽の線引きが難しい領域です。安全策は、検証可能な事実に寄せることです。
-
期間:いつからいつまで
-
役割:主担当か補助か
-
成果物:何を作ったか(成果物名、範囲)
-
体制:レビューがあったか、上位者がいたか
-
技術:使用したが「独力で実装可能」かは別(区別して書く)
面接で同じ粒度で説明できない内容は、後から矛盾として扱われやすくなります。
賃金交渉で危険が増すケース
本件が示すとおり、虚偽を前提に支出を上乗せさせる働きかけがあると、不法行為の問題が前面に出ます。
したがって、賃金交渉は「できる/できない」を断言で押し通すより、事実と裏付け(成果物、実績、第三者評価)で進める方が安全です。
発覚後の現実的対応(企業・本人の双方にメリットがある着地)
発覚後に紛争を拡大させないために、本人側が取り得る現実的な対応は次のとおりです。
-
誤りを認め、どこが誤りかを特定して訂正する
-
できる範囲とできない範囲を分解して提示する
-
会社側の配置変更や教育計画に協力する
-
継続が難しければ、合意退職などの着地を検討する
企業側も、人格否定や晒し上げを避け、事実確認と手続を丁寧に進めることが、結果として損失を小さくします。
よくある質問
能力不足だけで解雇できるか
能力不足のみでの解雇は争いになりやすいのが実情です。期待水準の明確化、改善機会、配置検討、客観的記録が重要になります。能力不足と詐称疑いが絡む場合は、論点を分けて証拠化すると、社内判断がブレにくくなります。
経歴詐称なら懲戒解雇できるか
経歴詐称があっても直ちに懲戒解雇が当然になるわけではありません。規程根拠、手続、相当性が問われます。安易に懲戒へ寄せると、処分選択ミスで紛争が長期化するリスクがあります。
会社はどこまで損害賠償を請求できるか
KPIソリューションズ事件では、虚偽を前提に賃金増額を積極的に求めた場合に、不法行為の成立を認め、損害は上乗せ賃金に限定しました。派遣料は相当因果関係を否定しています。
したがって、一般論としても「請求できるか」より先に、「何が相当因果関係として説明できるか」を検討する必要があります。