「仕事中にケガをしたけれど、労災は使わない方がいいと言われた」「知恵袋を見たら、労災より他の保険の方が得と書いてあって混乱している」というご相談をよく受けます。
結論から申し上げると、業務中・通勤中のケガで労災保険が使えるのであれば、原則として「使った方がよい」制度です。
一部の特殊なケース(主に交通事故での保険の組み合わせ)を除き、「使わない方がトク」という状況は多くありません。
本記事では、ネット上で広がる「労災は使わない方がいい」という噂を整理し、制度や法律に基づいて、何が本当で何が誤解なのかを解説します。
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労災保険は、仕事中・通勤中のケガや病気を補償するための公的制度であり、本来は労働者を守るためにあります。
「労災は使わない方がいい」という噂の多くは、会社側の保険料・事務負担・イメージなど会社側の都合によるものです。
医療費や休業補償、将来の後遺障害を考えると、労災が使えるなら原則として使った方が有利なケースが大半です。
労災を使ったことを理由に評価やボーナスを下げることは、本来許されるものではなく、不当な処分として争える余地があります。
通勤・業務中の交通事故など、複数の保険が絡むケースでは、個別の事情によって最適な選択肢が変わるため、早めに専門家に相談することが重要です。
「会社に迷惑をかけたくない」「雰囲気的に言い出しにくい」というお気持ちはよく分かります。
それでも、ご自身とご家族の生活を守れるのは、最終的にはご自身の判断だけです。
検索や知恵袋で広がる「労災は使わない方がいい」という噂
どんな場面で「労災は使わない方がいい」と言われるのか
実務でよく見かける場面は、次のようなものです。
仕事中に軽いケガをして病院に行くとき、
上司から「健康保険で行って」「うちは労災は使わないから」と言われる通勤中に交通事故に遭ったとき、
会社から「労災を使うと面倒だから、自分の保険で処理して」と言われる同僚から「前に労災を使った人がいて、その後の評価が悪くなった」と聞かされて不安になる
Yahoo!知恵袋などで
「労災にすると会社の保険が出ないから損」
「労災を使うと会社から嫌がらせされる」
といった書き込みを見てしまう
こうした情報が重なり、「どうやら労災は使わない方がいいらしい」という印象だけが一人歩きしている状況が多く見られます。
なぜQ&Aサイトの情報だけでは危険なのか
Q&Aサイトは、実際の体験談を知るうえで参考になる一方で、次のような限界があります。
回答者の資格・専門性が不明である
会社ごとのローカルルールや個別事情が混ざっている
法律や制度が変わっても、古い回答がそのまま残っている
「うまくいったケース」だけが強く共有されがちで、リスクが見えにくい
特に労災保険のような法律に基づく公的制度については、体験談だけで判断すると、自分にとって不利な選択をしてしまうおそれがあります。
そもそも労災保険とは?使わないとどうなるか
労災保険の対象と基本的な仕組み
労災保険(労働者災害補償保険)は、仕事中や通勤中のケガ・病気・障害・死亡に対して、国が給付を行う公的保険制度です。
厚生労働省によれば、労働者を1人でも雇っていれば、原則としてすべての事業に適用されるとされています。
主なポイントは以下のとおりです。
保険料は会社が全額負担(労働者負担なし)
対象になるのは、「業務上」または「通勤途上」でのケガ・病気など
認められれば、医療費や休業補償、障害補償などが給付される
ここで重要なのは、**労災保険は「会社の厚意」ではなく、法律に基づく「労働者の権利」**だという点です。
健康保険や自費で受診した場合のリスク
一方で、「面倒だから健康保険で行く」「自費で払う」という選択をすると、次のような不利が生じることがあります。
医療費の自己負担が3割発生する(労災なら原則0円)
後から症状が悪化したときに、「本当は労災だった」と主張しづらい
休業が長引いたとき、傷病手当金など別制度との調整が複雑になる
会社が労災として把握していないため、労働災害としての再発防止がされない
特に、当初は「軽いケガ」と思っていても、数週間〜数か月後に痛みが続いたり、後遺障害が残るケースは珍しくありません。
この場合、最初から労災として扱っていなかったために、必要な補償を受け損ねることがあります。
労災申請をしないことは「労災隠し」になるのか
「労災隠し」という言葉を耳にしたことがある方も多いと思います。
会社が労災を嫌がり、健康保険扱いにさせる
労災に該当する事故を労働基準監督署に報告しない
こうした行為は、会社側が行政から是正指導・罰則を受ける可能性があります。
一方で、労働者が「自分の判断で労災を使わなかった」場合に、直ちに労働者自身が処罰されることは通常ありません。ただし、
会社から「健康保険で処理して」と強く言われた
断りづらい雰囲気だった
といった事情がある場合、実質として労災隠しに近い状況になっていることもあります。
労災を使うメリット・デメリットを整理する
労働者側の主なメリット
労災保険を使うことで、労働者には次のようなメリットがあります。
医療費の自己負担が原則0円
労災指定医療機関であれば、窓口での支払いは不要です。休業時の所得補償がある
一定期間以上休んだ場合、給付基礎日額を基準として、休業補償給付や特別支給金が支給されます。長期化・後遺障害にも対応する制度がある
後遺障害や死亡の場合の年金給付など、長期的な補償も用意されています。過失相殺がない
交通事故とは異なり、労働者側に一定の不注意があったとしても、原則として給付が減額されません。
総じて、治療費や休業による収入減少のリスクを大きくカバーできる制度だと言えます。
労働者側のデメリットとして語られがちな点と実際
一方で、ネット上では次のような「デメリット」が語られることがあります。
労災を使うと会社の評価が下がる
労災を使ったことが人事に記録されて、今後の昇進に響く
ボーナスが減る
しかし、労災保険を利用したこと自体を理由に、不利益な扱いをすることは認められていません。
「評価が下がる」「ボーナスを減らす」といった対応は、不当な処分として争いうるとされています。
もちろん、実務上は「雰囲気として申請しづらい」「なんとなく気まずい」という問題は残りますが、これは本来は会社側の意識・体制の問題です。
会社が「使わない方がいい」と考える理由
では、なぜ会社は「労災は使わないでほしい」と言うのでしょうか。主な理由は以下のとおりです。
一定規模以上の事業所では、労災が多いと保険料率が上がる可能性がある(メリット制)
労働基準監督署からの調査や是正指導が入り、安全管理体制の不備が明らかになるのを嫌う
申請書類の作成や調査への対応など、総務・人事部門の事務負担が増える
「労災が多い会社」と見られることへのイメージ低下を恐れる
このように、会社が労災を嫌がるのは、主として会社側のコストやリスクの問題です。
そのしわ寄せを、労働者が「労災を使わない」という形で負担するのは、本来の制度趣旨から外れてしまいます。
ケース別:労災を使うべきかどうかの判断ポイント
ここでは、代表的なケースごとに考え方を整理します。
軽いケガで数回通院するだけのケース
「指を少し切った」「打撲で念のため2〜3回通院する程度」といった軽微なケガの場合、
今回に限っては健康保険で対応しても、経済的な差はそれほど大きくないこともある
ただし、あとから症状が長引いた場合に備えて、労災として記録だけでも残しておくのが理想的
現実的には、
まずは上司・総務に「労災になるかどうか」を一度相談する
会社が極端に拒否する場合でも、「いつ・どこで・どのような作業中にケガをしたか」を自分で詳細にメモしておく
症状が長引いたり悪化したら、早めに労働基準監督署や専門家に相談する
という流れをおすすめします。
長期休業や後遺障害が心配なケース
骨折や腰のヘルニアなど、長期の通院や休業が見込まれるケガ
将来、後遺障害が残る可能性があるケガ
このようなケースでは、最初から必ず労災を使うことを強くおすすめします。
医療費だけでなく、休業補償や将来の後遺障害の補償を考えると、健康保険や自費では到底カバーしきれないレベルの差が生じうるためです。
通勤・業務中の交通事故の場合
通勤・業務中の交通事故では、次のような保険が絡みます。
自賠責保険(自動車保有者に義務付けられた保険)
加害者の任意保険
労災保険
この場合、
労災保険には「上限額がない」「過失相殺がない」といったメリットがある一方、
慰謝料の扱いや、他の保険との調整の仕方によっては、「先に自賠責・任意保険を使った方が有利」な場面もあります。
そのため、交通事故の場合は、一律に「必ず労災がベスト」とは言えず、個別の事情を踏まえた判断が必要です。
このようなケースでは、早い段階で交通事故に詳しい弁護士や専門家に相談されることをおすすめします。
会社から「労災は使わないで」と言われたときの対応
よくある断り文句と、その法的な位置づけ
現場でよく聞く会社側の言い分と、その位置づけを整理します。
「うちは労災は使わないルールだから」
→ 法律より会社のローカルルールが優先されることはありません。「労災にすると保険料が上がって困る」
→ 事実としてその可能性はありますが、それを理由に労働者に自己負担を強いるのは筋が違います。「労災を使うとあなたの評価に響くかもしれないよ」
→ 労災利用を理由とする不利益取扱いは原則として許されず、争う余地があります。
加えて、事業主には労災請求の手続きに協力する義務が法律で定められています。
「面倒だから」「時間がないから」という理由だけで協力を拒むことは、適切とは言えません。
角を立てずに労災利用を伝える言い方の例
現実的には、「会社とはこれからも付き合いがあるので、あまり強く言いづらい」というお気持ちもあると思います。
その場合、次のような伝え方を参考にしてください。
「今回のケガですが、業務中(◯◯の作業中)だったので、
労災保険の対象になると聞きました。
将来症状が長引いたりしたときのためにも、労災でお願いしたいと考えています。
手続きで必要な書類などあれば教えていただけますか。」
あるいは、
「私自身も制度に詳しくないのですが、
後から問題にならないように、念のため労災の扱いにしておきたいです。」
といったように、「会社を責める」のではなく、「制度上そう聞いたので」「お互いのために」といったスタンスで伝えると、角が立ちにくくなります。
会社が協力してくれないときの相談先
それでも会社が協力してくれない場合、以下の相談先があります。
労働基準監督署
労災の相談窓口があり、会社を通さずに労働者本人から労災請求をする制度もあります。社会保険労務士・弁護士
労災の認定や会社とのやり取りについて、具体的な助言を受けることができます。労働組合(ユニオン)
会社に組合がない場合でも、地域ユニオンなどに相談できる場合があります。
「会社が協力しない=労災が絶対に使えない」というわけではありませんので、一人で抱え込まず、外部の窓口も活用してください。
迷ったときに確認したい「労災チェックリスト」
まず確認したい5つの質問
次の5つの質問に、いくつ当てはまるかをチェックしてみてください。
ケガや病気の原因は、仕事中または通勤中の出来事か
会社から「健康保険で行って」「労災は使わないで」と言われたか
今は軽いと思っているが、痛みや症状が続いている・強くなっているか
数日以上の休業や、残業・重い作業の制限が必要になりそうか
交通事故など、他の保険(自賠責・任意保険など)が絡みそうか
1〜2だけ当てはまる:
→ まずは会社に相談し、それでも不安であれば労基署や専門家に確認。3〜4も当てはまる:
→ 必ず労災利用を検討し、早めに手続き・相談を。5も当てはまる:
→ 労災と他の保険の組み合わせが複雑になるため、事故に詳しい専門家に相談。
今すぐ取るべき3つの行動ステップ
記録を残す
いつ・どこで・どの作業中に、何が原因でケガ・発症したのか
写真、チャット・メール、日報なども保管しておく
会社へ報告する
口頭だけでなく、できればメールや書面でも記録を残しておく
専門機関に相談する
労働基準監督署、社労士・弁護士など、第三者の意見を早めに聞く