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お清めの塩はしないとどうなる?不要なケースと正しいマナー

お葬式やお通夜のあとに配られる「お清めの塩」。
子どもの頃から「必ず玄関で塩をかけなさい」と言われてきた方もいれば、最近になって初めて目にしたという方もいらっしゃると思います。

一方で、忙しさや慣れない場面の緊張から「うっかり忘れてしまった」「そもそも塩が配られなかった」ということも少なくありません。
そのときに頭をよぎるのが、「お清めの塩をしないと、何か悪いことが起きるのではないか」という不安ではないでしょうか。

本記事では、お清めの塩の意味や宗教上の考え方、現代の実務、正しいマナーを整理しながら、「しないとどうなるのか」をわかりやすくご説明いたします。

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この記事のまとめ

お清めの塩は、もともと神道の「死」と「穢れ」に関する考え方から生まれた風習であり、現代では宗派や地域によって扱いが大きく異なります。

  • しなかったからといって、必ず不幸が起きるわけではない

  • 宗派によっては、そもそも行わないことを勧めている

  • 不安な人にとっては、気持ちを切り替える儀式として役立つ

という点を押さえておけば、「お清めの塩をしないとどうなるのか」という問いに、落ち着いて向き合えるはずです。

お清めの塩は「しないとどうなる?」

結論:しなくても基本的には問題ありません

最初に結論をお伝えします。

お清めの塩は、「しなかったからといって必ず不幸が起きる」「罰が当たる」といった性質のものではありません。宗教的な教えや葬儀社の解説を見ても、「必ず行わなければならない義務」として位置づけられているわけではなく、あくまで風習・慣習の一つとして紹介されています。

実際に、宗派や地域、葬儀社の方針によっては、そもそもお清めの塩を配らない葬儀も増えています。また、「何もしないまま家に入ってしまった」という場合でも、それだけを理由に「必ず何か凶事が起こる」とする根拠は示されていません。

そのため、

  • 塩が配られなかった

  • 忙しくて忘れてしまった

  • 宗派や家族の考え方からあえて行わなかった

といった場合でも、過度に恐れたり、ご自身を責めたりする必要はありません。

ただし、不安を和らげる「気持ちのケア」として使うのは有効です

とはいえ、「昔からそう言われてきた」「家族が強く勧めてくる」といった背景から、お清めの塩をしないことに強い不安を覚える方もいらっしゃいます。

そのような場合、お清めの塩は、

  • 「儀式を通じて気持ちを切り替える」

  • 「葬儀という特別な場面から、日常生活へ戻る区切りをつける」

といった心理的なケアの役割を果たしてくれます。

大切なのは、「やらなければ不幸になるからやる」のではなく、

  • 自分や家族が安心できる

  • 宗派や故人への敬意を踏まえて、納得して選べる

という観点から、お清めの塩を「する/しない」を選ぶことです。


お清めの塩の意味と由来を知ると、不安が減ります

神道における「死」と「穢れ」の考え方

お清めの塩は、もともと神道の考え方に由来するとされています。神道では、「死」は「穢れ(けがれ)」であると考えられ、穢れは周囲へ広がるとされてきました。

ここでいう穢れは、「亡くなった方が汚れている」という意味ではなく、

  • 人の死にまつわる悲しみや不安

  • そこに集まる“よくない気”のようなもの

と捉えるのが一般的です。

この穢れを祓うために、古くから水や塩で身を清める習慣がありました。日本神話をまとめた書物にも、死者の国から戻った神が海水で身を洗い清める場面が描かれており、こうしたイメージと結びついて、現在のお清めの塩の習慣が広まったと考えられています。

仏教・浄土真宗など宗派による違い

一方で、仏教の考え方では、必ずしも「死=穢れ」とはされません。そのため、仏教の葬儀だからといって、教義上お清めの塩が義務づけられているわけではありません。

特に浄土真宗では、

  • 人の死を穢れとして扱わない

  • 誰もが亡くなったあとに極楽浄土へ往生できるという教えを重視する

といった理由から、お清めの塩を用いない立場が明確に示されています。中には、「お清め塩を使うことは、かえって故人に失礼にあたる」と考える寺院もあります。

このように、宗派によって考え方が大きく異なるため、

  • 自分や故人の宗派

  • 葬儀をお願いした寺院や葬儀社の方針

を踏まえて判断することが大切です。

現代の葬儀で塩を使うケース・使わないケース

現代の日本では、

  • お清め塩を配る葬儀

  • 配らない葬儀

の両方が存在しており、全国一律の「常識」とは言えなくなってきています。

具体的には、次のような傾向があります。

  • 一般的な会葬者が多い葬儀では、塩が配られることが多い

  • 家族葬や直葬など、簡略化された葬儀では配られないこともある

  • 浄土真宗など、お清め塩を使わない宗派では最初から用意されない

  • 葬儀社が宗派・遺族の希望を踏まえて、塩を「付ける/付けない」を調整している

したがって、「塩が配られなかったから非常識な葬儀」「塩を使わない人はおかしい」とは一概に言えません。背景には宗派・地域・遺族の価値観があると理解しておくとよいでしょう。


お清めの塩をしない/できない主なケースと考え方

そもそも塩が配られなかった場合

まず、「参列した葬儀でそもそもお清めの塩が配られなかった」というケースがあります。

この場合、

  • その葬儀の宗派や方針では、お清め塩を必要としない

  • 葬儀社と遺族が相談したうえで、あえて用意していない

と理解して差し支えありません。

どうしても気になる場合、自宅にある塩を使って帰宅後に静かにお清めをしても構いません。ただし、

  • 故人や遺族の宗派が、お清め塩を用いない方針である

  • お清め塩に否定的な考えを持つ宗派である

といった可能性もありますので、喪家の敷地内で独自に塩を撒くことは控えたほうが無難です。

身内の葬儀であえて使わない場合

身内の葬儀の場合、「家族を穢れ扱いしたくない」というお気持ちから、お清めの塩をあえて使わない方も多くいらっしゃいます。

実務面でも、

  • 身内の不幸ではお清めの塩を使わないのが一般的

  • 使ってはいけないわけではないが、必須ではない

と説明されることが多く見られます。

身内の場合は、

  • 故人とのお別れを丁寧に行うこと

  • 家族で気持ちを支え合うこと

のほうが、形式的なお清めよりもずっと大切です。

「どうしても気になる」という場合は、家族で話し合い、

  • 行う人だけが玄関で軽く塩を振る

  • 代わりに手洗い・うがいを徹底する

といった折衷案をとるのも一つの方法です。

忙しくて忘れた・途中で飲食店に寄った場合

葬儀のあと、途中で飲食店に立ち寄ったり、子どもの世話に追われてお清めを忘れてしまったりすることも少なくありません。

このような場合でも、

  • 忘れたことそのものが、直接的な不幸の原因になる

  • 必ず何か悪いことが起こる

といった根拠はありません。

どうしても気になる場合は、

  • 自宅に帰ってから玄関で静かに塩を振る

  • その日のうちに入浴し、気持ちを切り替える

といった方法で、ご自身の心の整理をつけていただければ十分です。


それでも心配な方のための対処法と代替案

後からお清めしてもよいタイミング

「家に入ってしまったあとで、お清めをしていなかったことに気づいた」という場合、改めて玄関でお清めをしても構いません。

例えば、

  • 玄関まで戻り、外側で一度塩を振る

  • 玄関の内側で、足元だけ軽く塩を振る

など、ご自身が納得できるやり方で問題ありません。

日付が変わってしまっていても、

  • 「今日は葬儀に参列した一日だった」と振り返る

  • 故人を思いながら、静かに合掌しつつ塩を振る

といった形で「気持ちの区切り」をつける儀式として行うことができます。

塩以外の「気持ちの切り替え」の方法

宗派や家族の考え方から塩を使いづらい方、不安はあるが塩に抵抗感のある方は、次のような方法も検討してみてください。

  • 帰宅したら、まず手洗い・うがいを丁寧に行う

  • 可能であれば、シャワーや入浴で汗や疲れを流す

  • 静かな場所で合掌し、故人の冥福を祈る

  • その日の出来事を簡単にメモし、気持ちを書き出す

これらは、身体を清めることと、心を整えることの両方に役立ちます。
必ず塩でなければならない、というわけではありません。

家族や職場と考えが違うときの、角の立たない伝え方

お清めの塩に対する考え方は、人によって大きく異なります。特に、

  • 年配の親族

  • 長く続く地域の慣習を重んじる方

  • 職場の上司や同僚

などとは、意見が食い違うこともあります。

そのようなときは、次のような伝え方を意識してみてください。

  • 「宗派(お寺)の考えでは、塩は必要ないと聞いたので、今回は控えますね。」

  • 「私は気持ちの区切りとして手洗い・うがいで済ませたいので、塩は遠慮させてください。」

  • 「教えていただいてありがとうございます。宗派の関係もあるので、今回はこうさせてください。」

相手の考えを否定せず、自分の事情や宗派を理由にすると、角が立ちにくくなります。


お清めの塩の正しい使い方・マナー

振りかける場所・順番・量の目安

お清めの塩を行う場合、一般的なやり方は次の通りです。

  1. 自宅や喪家の玄関をまたぐ前に行う

  2. 手のひらにひとつまみ程度の塩を取る

  3. 自分の身体に向けて

    • 胸あたり

    • 背中

    • 足元
      の順に、軽く振りかける

  4. その後、玄関をまたいで家に入る

あくまで目安であり、宗派や地域によって細かな違いはありますが、大量に撒く必要はありません。
お清めの目的は、塩そのものではなく、「気持ちの切り替え」にあると考えていただくとよいでしょう。

マンションや共有スペースでの注意点

マンションやアパートなどの共有スペースで塩を撒くと、

  • 共用廊下やエントランスが汚れてしまう

  • 他の住人から「何かあったのか」と不安がられる

といったトラブルの原因になることがあります。

そのため、

  • 共用部では塩を撒かない

  • 玄関ドアの内側や、玄関マットの上で行う

  • どうしても外で行う場合は、目立たないように足元に少量だけにする

といった配慮をおすすめします。

余ったお清め塩の処分方法

葬儀で配られたお清めの塩が余ってしまうこともあります。

多くの解説では、

  • できれば葬儀当日に使い切るのが理想

  • それでも余った場合は、普通ゴミとして処分して構わない

とされています。

「捨てるのは何となく気が引ける」という場合は、

  • 庭先や玄関周りに軽く撒く

  • 水に溶かして流す

といった方法を取る方もいます。
いずれの場合も、「粗末に扱ったから罰が当たる」といったものではありませんので、ご自身が納得できる方法を選んでいただいて大丈夫です。


お清めの塩を「しない」と決めるときの考え方

宗教・宗派と自分の価値観の整理

お清めの塩をするかしないかを決める際には、次の三つを切り分けて考えると整理しやすくなります。

  1. 宗派の教え

  2. 家族・地域の習慣

  3. 自分自身の価値観・不安の度合い

この三つのバランスを見ながら、

  • 宗派上問題ない範囲で

  • 家族との関係を大切にしつつ

  • 自分の気持ちも大事にする

という視点で判断していただくとよいでしょう。

「しない」選択を尊重してもらうためのポイント

お清めの塩を「しない」と決めた場合でも、周囲からの理解を得られないと、かえってストレスになってしまいます。

前述のように、

  • 宗派の教えやお寺の方針を理由にする

  • 自分の体質(塩で皮膚が荒れる等)を理由にする

  • 「別の方法で気持ちの区切りをつけたい」と説明する

といった形で、自分の選択を柔らかく言語化しておくと、トラブルを避けやすくなります。

どうしても周囲との折り合いがつかない場合は、

  • 形式としては軽く塩を振る

  • その上で、自分の中では「心の区切りの儀式」として受け止める

というように、「意味づけ」を変えることも一つの方法です。